「なぁ颯太(そうた)、マック行こうぜ」
確か、始まりはそんな感じだった。月見バーガー出てんだよ、とかなんとか言ったのは、見た目から想像出来る量の優に三倍は食べるクラスメイト、白井陸だ。胃が大きいのか燃費が悪いのかはたまたそういう体質なのか、とにかく腹を空かしては誘ってくるので、もう放課後の恒例になってしまったそれを今回もまた――基本的に颯太は頼まれた物事を断れないタイプだ――受けて、石川颯太は、自身の財布の中身を確認してみた。食べた後にゲーセンに行くくらいの余裕はある。
「別にいいよ。他のみんなは誘わないの?」
誘われたのが自分一人だということに小首を傾げる颯太。もっともな疑問に、誘ってきた彼は指折り名前を出して答えた。
「東堂はバイトでー、沖(とおる)は「綾(りん)がいないならつまらない」つって帰った」
相も変わらず綾をからかうことを日々の楽しみにしているらしい少年――旧友らしいが、今ではもっぱら綾をからかって遊んでいる。既に綾の中で彼は天敵の位置に君臨していた――に苦笑いを送った彼は、「で、どうするよ?」と再び問う。万年欠食児童の期待に満ちた表情を見てしまった颯太は断れるはずもなく。
「行く行く。行くから」
「うっしゃぁ!」
そんな訳で二人は某有名ファースト店へ。残念ながら高校近くにそんなものはないので、高校の最寄り駅――二人が二人ともその駅からの自転車通学だ。毎朝自宅の最寄り駅からそこまで電車に乗り、そこから自転車で登校するのだ――へと自転車を走らせた。五分ほどで目的地に到着する。彼らはいつものように自転車置き場へと自転車を預けてから、注文後一分で食べられると謳っているファーストフード店へ入った。
目の前に並べられたハンバーガーとポテトの山、ついでに言うならふたをされた大量のコーラの紙コップを一瞥して、颯太ははぁ、とため息をついた。
店が混みそうだったからと二人掛けの小さなテーブルに座ったはいいものの、陸の頼んだ量が常人の域の斜め上をぶっ飛びすぎていてテーブルに乗り切っていない。大体メガマックセットと月見バーガーをいっぺんに二桁頼む奴なんて、陸以外にはそうそういないだろうが。
「よくそんな食べて太らないよなー」
「女々しいな」
「や、だって、その量でしょ?」
「そんなに多いか?」
「Lサイズポテトのメガマックセット十四個って軽く宇宙人レベルだと思う。その上月見バーガーを十個って」
「……それが親友に言う台詞かよ」
「まだ生き物なだけましじゃないの。綾あたりなら軽く人外とか言うよ」
「……それもそうだな」
リアルすぎる、と。そう言われる自分が容易に想像できたのでここは引き下がっておく。口に入りきらない大きさのハンバーガーを気合いで口の中へねじ込んで、陸は三つ目のバーガーに手を伸ばした。別の手ではコーラの紙コップを手放さない。
決して下品ではない食べ方でするすると食べ物を胃の中に収めていく彼をぽけっと見つめながら、颯太はずずず、とカフェオレ――もちろん、常日頃ゲテモノパックジュースを探し求めて町内を徘徊する彼が普通の味のまま飲用する訳がない。ナゲットについてきたマスタードソースと陸の頼んだコーラとをミックスさせて立派なゲテモノドリンクにカスタマイズ済みだ――をすすった。相も変わらず食べるのが早い陸は、もう四つ目のハンバーガーの包みを開けている。
と、そこに。
「あっれ、お前等、なにしてんの?」
よくよく聞き知った声がかかった。バイトがある、とか言って、この場にいないはずの少年の声だ。声のした方に視線を向けると、あまり似合っていない赤と白と黒と黄色の制服を着た少年、東堂綾が。
「東堂、なんでここに? つか、バイトってマックだった?」
「ああ、ここが一番近いから。……そうか、ここに来るんだったら断っても断ってなくても一緒だったな」
「だなー」
いつも高校の制服しか見ていないのでひどく新鮮に感じられるその姿をくすくすと笑いながら(別に他意があった訳ではない。ただ単に意外だっただけだ)、颯太は頷いた。どうやら綾は時間のかかる商品を客に届けてきたところらしい、簡単な作りの番号札をいくつか手にしている。やはりそれなりに忙しいらしい。
そういえば、と、陸が口を開いた。そろそろ、彼らの中で――綾を少しでも知る人間の中で、もう常識となってきていることがあるのだ。
「沖はいねぇの? お前らいっつもニコイチだろ?」
瞬間、ぞわっと綾が総毛立った。
「ちょ、おま、何その方程式、てか何そんな当たり前みたく聞いてんのさ」
俺ちょっと人生諦めたくなってきた! と高校二年生があまり吐くべきじゃない台詞を自身の体を抱きしめて言う彼に、陸は苦笑して言う。
「やーだってさ、もう有名だぜ? お前ら学校公認」
「ぎゃーやめて! そんなこと言われたら本気で俺ちょっと出家とか考えるから!」
往生際悪く耳を塞ぐ綾。残念ながらその認識は今更覆されるようなものでもないし、仮にそうしようと思えば綾と沖が仲良しこよし手を繋ぎながら校内をスキップして回らない限りは無理だろう。二人については、下級生にも上級生にも既に知られているのだ。
目の前で繰り広げられる残念すぎるコントをぽけっと見ながら、颯太はからからと笑った。彼にとってはまるで他人ごとなのだ(綾の恨みがましい視線は気付かなかったことにする)。
「多分無理だよ、だって東堂がどんなに努力したって、沖は絶対変わらないじゃん」
「ぅっあー、そうだ、あいつが俺の意志とか主張とか尊厳とか権限とかを考えて自分のやりたいこと止めるなんてあり得ねぇ」
それにつられてうっかり綾も気を緩めたところで、
「何があり得ないって、綾?」
ラスボス、登場。
ひぃいいいぃいいい、と声にならない叫びを上げる綾は、さっと陸の後ろに隠れて言った。
「お前何で来てんだよ! せっかく放課後までお前に会わなくて済むって思ってたのに!」
対して背後から気配なしにぬっと現われるという離れ業を披露してくれた天敵少年、沖は、今更何を、とばかりに口を開いた。やれやれ、とでも言わんばかり肩をすくめるという、嫌にイラっとするオプション付きで。
「何でって、お前、「俺今日からマックでバイトするから来るんじゃねぇぞ」って言われたら、そりゃあ遊びに行きたくなるだろう?」
なんとなく、もしかして綾は馬鹿なんじゃないかとか、そう思ってしまったのは、きっと陸だけじゃあないだろう。