カリカリと、カチコチと、黒鉛が一心不乱にわら半紙の上を走る音と、細い針が神経質に文字盤の上を滑る音とが一室の空間全てを支配していた。
制限時間は一時間、己の全てをかけたタイムトライアルである。
はっ、と彼は目を覚ました。どうやら眠ってしまったらしい。なぜか少しひんやりする頬を机から引き剥がし、頭を上げて時刻を確認する。まだ二十分あった。
周囲のシャーペンがフルスロットルで働く音を未だぼんやりしたままの聴覚で受け取った少年は、自分がテスト中だったのを思い出した。解答用紙を埋めた記憶など全くない。当然それは白紙のままだろう。名前すら書いていない気がする。
のぁああ、と彼は内心で頭を抱えた。やってはいけないことをやってしまった四十分前の自分を殴ってやりたい衝動に駆られながら、とりあえず欠点だけは回避しようとテストの問題用紙に目をやった。
……思わず二度見した。
目の前には名前の順で割り当てられてた机がある。その上にあるのは当然、問題用紙と解答用紙、そして筆記用具だ。しかし。
――嘘……だろ……?
彼は解答用紙の上に問題用紙三枚を三枚重ねた状態で寝ていた。そして……その上で寝たせいで、でろん、とよだれが染み込んでしまったのである。
それもただのシミではない。頬を伝ったらしく、B4のわら半紙の左下一角を占拠せんとばかりに堂々と広がっている。
――終わった、な……。
この大きさは残り二十分やそこらで乾きそうにない。あるいは乾いたところで、ごわごわした解答用紙から教師にはバレてしまうだろう。なかなかの羞恥プレイだ。
いくら欠点をとっても単位をくれるほど慈悲深いとは言え、テスト中にがっつり寝た証拠が残っていたならさすがに気分を悪くする。心証の悪化がそのまま欠単位、仮進級に直結する少年にとっては死活問題だった。
よし、と不分明に呟いて、彼は解答用紙の端をつまみ、ぱたぱたと上下させて乾かす作業に入った。幸い科目は日本史、記号問題が七割を占める教科だ。最悪適当に記号だけを書いて提出すればいい。
うおおおおおお、と必死にぱたぱたする彼をよそに、数十分後、非情にもチャイムは鳴り響いた。
「……と、いうわけなんだ」
でろん、とコタツに入りぬくぬくとだらけた笑顔を浮かべる少年、白井陸は、コタツの向かいでやけに厳しい面を見せる相棒の――綾(りん)と沖(とおる)がセットで扱われるせいで、同じグループの残り物である二人もセットとして見なされるようになった――颯太に状況を説明した。その間の彼は、なんというか、非常にしょっぱい表情を浮かべていた。やめろ、そんな目で見るなと言いたい。
颯太はわざとらしいまでにため息をついてから、言う。
「あのね、あのね、テスト中に寝た挙句によだれの染み乾かしてて問題出来なかったとか、だから欠点とって赤点になったとか、誰がどっからどう見ても自業自得だからね」
まあつまり、結局のところ彼は間に合わなかったのだ。もちろん記号問題には全て答えはしたが、それだけである。問題は四択、ないし五択で、得点に結びつく確率は二割強しかなかったのだ。当然、二十点にも満たない残念な点数をつけられた答案用紙が陸の元へ返却された。
ということで、
「わかってるよ。だからこうやって追試の勉強してるんじゃないか」
陸はめでたく追試組となった(ちなみに成績計算方法から、どれだけ提出物を出しても無駄なことはすでに明らかになっていたので、彼は全くあがくことなく赤点を受け入れた)。
「……、せめてそういうことは追試前日までにやっておこうよ」
呆れた表情を浮かべた颯太は、それでも日本史のテキストを開く。ちなみに追試は本日午後からの予定であるが、まあ、問題はないだろう。要は半年分の知識をこのバカの頭に叩きこめばいいだけなのだ。追試自体は、一問一答式でさしたる難易度ではない。
「だ、だってな! 英語の予習とか宿題やってたら家帰って追試勉強する時間とかがなくて」
「言い訳はよろしい」
「はーい……」
この期に及んで言い訳で時間を浪費しようとした彼を一言で抑え込んで、颯太は本日何度目かのため息をついた。朝っぱらから訪ねてこられてからいったいいくつ目だちくしょう、とらしくもなく舌うちもしてみる。慣れていないせいで失敗してしまったのはご愛敬。
>こちらも忍者ツールのサイトマスターのコミュ、忍題βでのお題「休日」でした。今日はまだぎりぎりじゃないです……頑張りました……!(( こういう大したことなんてわけでもないくだらないネタは、こいつらが一番合ってる気が。休日出勤=追試ということで。よだれネタはガチでうちの学校の子がやったネタです((