たとえばこんな度胸試し

 彼らは目の前に鎮座する物体を見やって、
 皿の中で「自分は食べ物だ」と主張する物体を見やって、
 それぞれに思う。これはいかがなものだろう、と。



 ちょっと待て。何でこんな状況になった。
 その日その時その瞬間、綾(りん)、沖(とおる)、陸の三人は、目の前に超然として、まるで自分が崇高なものであるかのようにコタツの上を陣取っている物体を見て、同じ場所に思考回路が繋がった。
 さっきまで自分たちはコタツの中でぬくぬくと甘酸っぱいみかんを食べていたはずだ。何の因果でこんな、確実かつ絶対的に致死量だとわかっている毒物たちを目の前に並べられているのだろう。この世の理不尽を、うっかり沖と出会ってしまったことと纏めていもしない神様に丸三日かけて問い詰めたい。綾はここのところよく抱えている気がする頭を今日も抱え、きっと神様がいるであろう空に向かって低く呪詛を吐いた。当然、彼の頭上には天井があるばかりだけれど。
 目の前にはできれば一生関わりたくなかった類のなんちゃって料理たちがあり、同じコタツを囲む他の二人からは「逃げるなよお前ら」的な脅迫めいた凶悪な念波が飛んできている。何だこの状況。
 オーケイ、まずは状況を整理しよう。
 とりあえず落ち着け自分、と、彼は自身に言い聞かせ、何故こんな状況に陥ってしまったのかを考える。
 今日は終業式があった。だから学校が早く終わった。昼までだったから昼ご飯は食べていない。……それはいい。そして暇だったので学校から一番近い颯太の家にいつものメンバーで遊びに来た。……何も問題はない。
 しかしそこで――颯太の姉に見つかった。
 弟が弟ならば――姉も姉。
 やばい、と彼女の腕前を唯一知っている陸が慌てた時にはもう遅かった。彼が止める暇もなく、彼女は弟とその友人たちが昼食をとっていないと知るやいなや、嬉々として台所に立ったのだ。
 ……そして今に至る。つまり、毒が盛ってあることを保証された料理がこれでもかと並べられているコタツに入る彼らである。本日の昼食はオムライスにプチトマトサラダ、コンソメスープ。と、彼らは聞かされている。並べられたものは料理とも呼べない謎の、謎の物体だったが。
 綺麗に洗われた大皿にでんと乗せられた何か溶けかけの塊は素晴らしく鮮やかな赤紫をしているし、緩い弧を描く透明なボウルに入れられた野菜たちは見る影もなく黒ずんでいる上、スープ皿によそわれた汁っぽい何かはもう火にかけられていないというのにぐつぐつと煮え滾っている。サラダなど、鼻歌を歌いながら葉をむしっている時はちゃんと野菜としての原型を留めていたというのに、トマトに至ってはただ切るだけでいいというのに、何故に黒っぽくなっているのだろう。なかなかどうして、素晴らしく食欲を削いでくれる見た目だった。
 ――あ、だめだこれ、俺ら死ぬわ。
 どうしたって逃げられない。颯太の手前「食わない」と言う訳にもいかないし、目の前に好評を期待するその姉がいるのだ。気合いで食べるしかない。
 三人とも、目すら合わせていないというのに同時にスプーンを持つと、恐らくは完成予定はオムライスだっただろう何かをすくい(溶けかけた半液体で半固体のそれは、何故かザクッと音をたてた)、僅かに覚悟を固め直してから、口に運ぶ。
 ……………………。



「なあ、俺、何で颯太があんなパックジュース飲んでるのか分かった気がする」
「ゲテモノで舌を麻痺させてるんだろうね」
「……」
「……」
「コンビニ行くか」
「だね」